書いてる人(コジマ ピカル)
当初、写真・映像を用いたインスタレーションアートを主に活動していました。アートと日常の隔たりへの関心が強まっていた頃、いつもと違う道を通り、空き物件の店舗付き一軒家と出会いました。そして「敷居の低いギャラリー/誰でも覗けるアトリエ」として、ほぼ雑貨屋のKADOYA工房を開店しました。
国内外のインテリア・キッチン用品・衣類・骨董品を扱い、ハンドクラフトやいわゆるアート作品(私・友人・近所の子供)の制作過程を見たり購入出来る店でした。
その後、ご縁と運のおかげで欧州へ行き、アート工場で働きながら制作に浸る機会を得ました。
その後、各地を転々としながら、アート・デザインに限らず現地の仕事(農業・土方・飲食etc)を通じて、土地・文化・日常を体験する暮らしを始めました。
そしてブラジルにいた時、陶芸の村を探して旅をしたことをきっかけに、訪れる国ではその土地の工房や作家さんを探し、滞在が叶えばそこで制作させてもらう移動暮らしをし、現在に至ります。
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KADOYAは、すぐに子供を中心に隣人が集うようになり、お礼に夏祭りを開催しました(シェアメイトや友人の協力で出した食べ物屋台が人気でした)。
おしゃべりをしに来る人が多かったので、夏祭りの後はソフトドリンクを置いて休憩できるように。
ほぼ毎日近所の子供達が訪れ、お客さんもゆっくりする人が多かったので、後に屋根裏を改築し、秘密基地を作成。一人になりたい時など、大人も子供も誰でも利用できるように。
またその後、居住部分の空き部屋を使い、ゲストハウスも始めました。旅行者と近隣住人・町内の飲食店との間にも交流が生まれ、旅人が帰って来る・近所の人が集う場所になっていきました。
10年近く経った頃、当時取り組んでいた制作物を外国で完成させるチャンスをもらいKADOYA工房を閉めました。その家は、今では新しい住人がやってきて、素敵なお店を開いているそうです。
私の旅は思ったよりも長引き、今も続いています。留まったと思えば移動し、様々な場所で出会いと別れが繰り返される中、浮き草なりにできることはないか思うようになりました。
また会えるかどうかわからない過去に出会った人と、これから一時道が交差するかも知れない未来の人へ向けて、手紙のようなものが書けないかと思い、このサイトを作りました。